幕末日本史歴史江戸時代

江戸の町と人々を救った土壇場の決断「江戸無血開城」を元塾講師が分かりやすく5分で解説

よぉ、桜木建二だ。今日は江戸無血開城について勉強していくぞ。新政府軍と旧幕府軍が戦った1868年の戊辰戦争、1年以上続いたその激しい戦いの中で多くの人々が犠牲になっていった。

しかし、その中で江戸城においては西郷隆盛の活躍で一切の犠牲者を出すことなく旧幕府軍から新政府軍へと明け渡された。今回、江戸無血開城について日本史に詳しいライターリュカと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

shintomoyui0311

ライター/リュカ

元塾講師で、現役のライター。塾講師とライター業に共通して「わかりやすい伝え方」に定評がある。今回は得意分野のひとつである「歴史」から江戸無血開城をわかりやすくまとめた。

戊辰戦争の始まり

image by PIXTA / 54489800

徳川慶喜の真意

江戸時代の幕末、幕府の権威が失墜して討幕も時間の問題とされたその矢先、第15代将軍・徳川慶喜は1867年に大政奉還を行って自ら政権を朝廷に返上。こうして江戸幕府はもちろん、鎌倉幕府から始まりこれまで700年近く続いた幕府の歴史は終わり、同時にそれは武家政治の終わりも意味しました。

追い詰められた徳川慶喜の大政奉還は一見降伏に思えますが実は策略、政権掌握の争いにおいて幕府が新政府に比べて明らかに勝っていたのはこれまで政治を行ってきた経験……すなわちノウハウです。つまり、徳川慶喜は例え朝廷に政権を返上しようとも経験の浅い天皇では政治は不可能、必ず自身が政治に携われると読んだのでした。

徳川慶喜のこの読みは見事的中、依然政治に携わるその姿は討幕派からすれば歯がゆく、そのためあらゆる手を使って徳川慶喜の排除を目指します。それが王政復古の大号令、しかしそれでも徳川慶喜の権限はなお残り、政治力においては一枚上手の徳川慶喜に対して新政府側は別の手を試みました。

鳥羽伏見の戦いから江戸への侵攻へ

別の手と言ってもそれは特別なものではなく、新政府側の西郷隆盛は徳川慶喜に対して再三の挑発行為を繰り返しました。江戸での強盗、略奪、さらには警備屯所に銃弾を打ち込むことも行い、とにかく徳川慶喜を怒らせて戦争を起こしてしまえば良いと考えていたのです。

討幕派からすれば戦争は望むところ。むしろ戦争する理由がなくて足止めされていたくらいですから、徳川慶喜が旧幕府軍として新政府軍に戦争を仕掛けるのは大歓迎でした。そしてとうとう挑発に乗った徳川慶喜、こうして1868年に旧幕府軍と新政府軍による戊辰戦争が起こります

戊辰戦争の始まりとなった鳥羽伏見の戦い、新政府軍はこの戦いに勝利しますが追い詰められた徳川慶喜は江戸へと逃亡、新政府軍は徳川慶喜討伐のため追って江戸への侵攻を計画しました。ただ、新政府軍の中にも旧幕府軍の中にも、戦いで江戸を火の海にすることには抵抗を感じる者がいたのです。

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