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孤高の非エリート科学者「ダーウィン」『種の起源』が与えた影響を元大学教員がわかりやすく解説

生物は環境に適応するために「変化」すると発表

ダーウィンは1859年に『種の起源』を出版。研究書ではなく一般読者向けの本でした。そこでダーウィンが唱えたのが「自然選択説」。生物は長い時間をかけて環境に適応するように変化すること、種が分かれて多様な種が生まれることを主張しました。

種が変化する過程で起こるのが「生存競争」。生物が生息する場所や食料を獲得するために争うことです。生き残るために生物は少しづつ個体のかたちを変化させていくというのがダーウィンの考え。この考えのヒントとなったのがトマス・マルサスの『人口論』でした。

スペンサーの社会進化論をヒントとする「適者生存」は批判の的に

ダーウィンの『種の起源』で唱えられたもうひとつの重要な概念が「適者生存」というものです。この発想は、もともと社会学者・哲学者のハーバート・スペンサーが考え出したもの。ここでスペンサーは人間社会は軍事的タイプから産業的タイプに進化することを唱えました。

スペンサーの考えをベースにダーウィンは自然界における変化のプロセスを説明。環境に上手く適応できた種が生き残り、適応できなかった種は消滅した可能性が示されました。この考えによりあらゆる業界から大バッシングを受けることに。長年の師匠であったヘンズローすらこの理論を受け入れられませんでした。

ダーウィンの進化論が聖職者を激怒させた理由

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By Charles Darwin, digital picture taken by Alexei Kouprianov – Ch. Darwin On the Origin of Species…, Public Domain, Link

ダーウィンが唱えた「進化」あるいは「変化」の考えに拒絶反応を示したのが聖職者たち。なぜなら、当時の常識となるのが「自然=神の創造物」だったからです。神が創ったものが、神の手を離れて変化すると考えることは、冒涜以外の何物でもありませんでした。

神の「不変の」創造物を分類したのがリンネ

ダーウィンと並んで生物学の歴史的人物とされるのがリンネ。植物の分類学を完成させた博物学者として知られています。リンネは、自然界に存在する植物や生物の形状を再現、似ているもの同士を並べて詳細に分類しました。

リンネの問題意識は、植物や生物を分類することで「神が創造物を作った意図」を知ること。科学であると同時に神学でもありました。そのためリンネが分類した植物や生物はそれぞれ独立した神の創造物。ひとつのものがいくつかに分かれるという発想はありませんでした。

変化するのは神の創造物が失敗作だったから?

ダーウィンが唱えた「変化」の概念を取り入れると、神が最初に創った創造物は「不完全」だと言うことになりかねません。さらに「適者生存」により環境に上手く適応できなかった種が消えるとなると、その創造物は欠陥品となってしまいます。

当時の価値観は、神の創造物である自然は完璧なもの。絶対に変化しないというのが大前提でした。ヘンズローが博物学者で神学者だったように科学と宗教はワンセット。自然を研究することは神の意図を理解することと同じだったため、ダーウィンは大バッシングに合うことになったのです。

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