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明治維新の英雄たち!「維新の十傑」について元塾講師が分かりやすく5分でわかりやすく解説

維新の十傑・横井小楠と岩倉具視

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国是七条を書いた「横井小楠」

横井小楠(よこいしょうなん)は肥後藩の出身で、これは江藤新平と同じです。1858年に政治顧問に就任すると殖産貿易に尽力、貿易における情報収集や越前蔵屋敷の建築を行い、物産総会所を設けます。ちなみに、藩からは資金の出し入れを行い、運営は商人に一任するスタイルをとりました。

生糸が高値で取引できると読んだ横井小楠は特に養蚕を奨励、見事その読みが的中して藩の財貨は常に50万両蓄えるまでに至ります。横井小楠で有名なのは幕府への提言書を書いたことで、これが有名な国是七条であり、幕府の岡部長常は横井小楠を招いてその内容について詳しい説明を求めたそうです。

それに対して横井小楠は「各藩の財政難の要因である参勤交代や大名の妻子の江戸居住の緩和・廃止」など、見識高い意見を述べてそこにいた者達を驚かせました。明治政治誕生後は参与として財政担当を任せられますが、明治2年に襲撃を受けて暗殺されてしまいます。

討幕と明治時代の政治改革で名を刻んだ「岩倉具視」

岩倉具視(いわくらともみ)は公家であり、そのため政治の面で活躍します。当初は薩摩藩と同じで公武合体による朝廷と幕府による協力した政治を思想としますが、やがてその思想は変わり、大久保利通や西郷隆盛と交流して共に討幕を目指すようになりました。

公家の立場から王政復古の大号令小御所会議を主導しており、大政奉還を行った徳川慶喜に対して新政権樹立を宣言、こうして徳川慶喜を政治の世界から追い詰めていきます。明治政府誕生後は参与、義定、大納言、右大臣を務めて政治に尽力、版籍奉還廃藩置県などの政治改革を行いました。

さらに岩倉使節団の特命全権大使へと就任、欧米諸国をめぐって不平等条約の改正にも励みます。帰国後は欧米諸国の文化に衝撃を受け、それに習って鉄道会社の設立や富国強兵の政策に力を入れました。最期は病死した岩倉具視ですが、その功績から日本で初の国葬が行われたことは有名です。

維新の三傑の西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允を優先して覚えよう!

まず維新の三傑と呼ばれる西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允を優先して覚えましょう。また、知名度から考えれば岩倉具視も外せません。最も、それぞれ異なる方面で活躍しているため、ひとりひとり覚えるのは難しいと思います。

人物の暗記だけならズラリと10人覚えるべきですが、何をしたかまで覚えるとすれば、各々の人物をそれぞれ覚えていくよりも、明治維新を覚えていけば自然と維新の十傑の知識になるでしょう。

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