言葉の意味

「食指」の意味と使い方・例文・「触手」「食思」との違いは?新聞記者歴29年の筆者がわかりやすく解説!

みなさんは「食指(しょくし)」という言葉をご存じでしょうか?「食指が動く」という慣用句でよく用いられています。しかし、具体的にどのようなことを表す言葉なのか、またどのような由来があるのか、疑問を抱くことがあるかもしれません。今回の記事では「食指」の意味と使い方、さらに語感が似ていて間違えやすい「触手(しょくしゅ)」「食思(しょくし)」との意味・使い方の違いについて、新聞記者歴29年の筆者が、詳しく解説していきます。

「食指」とは

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「食指」と「触手」「食思」、いずれも「しょく」という音が入っており、混同しがちですよね。しかし、言葉の意味はそれぞれ違うので、気を付けましょう。

ではまず、「食指」の意味と慣用句「食指が動く」の由来・使い方から説明していきます。

「食指」の意味

「食指」とは「手の人差し指」つまり第二指のことを指します。

なぜ人差し指のことを「食指」と呼ぶようになったかについて、語源は詳しく分かりませんが、中国では古くからこのように呼ばれていたようです。

二十四史の一つ『南斉書(なんせいしょ)』には「方揺食指、半日乃息」という記述があり、大意は「食べ物を食べたい気持ちが起こって」といった感じでしょうか。食べ物が関係した指であったことは、間違いなさそうです。

ただ、日本では「食指」という呼び方は一般的とは言えず、人を指す指、あるいは人に指示を出す指という意味の「人差し指」のほうが分かりやすいでしょう。

慣用句「食指が動く」

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したがって、「食指」という言葉が実際に日常で使われるのは、「食指が動く」という慣用句の中に限られるでしょう。意味は「欲しいという気になる」です。この慣用句については、中国の故事、スッポンにまつわる殺人事件に関係があります。

中国春秋時代の歴史をつづった『春秋左氏伝』の「宣公四年」にこのエピソードが書かれているので紹介しましょう。

紀元前606年ごろの話、子公と子家が君主の霊公に会い行くとき、子公の食指(人差し指)が動きました。子公が子家にそれを見せて言うには「以前もこのようなことがあった。うまいものにありつけるはずだ」。果たして霊公のところでは、スッポンの調理中。2人は互いの顔を見て笑います。そこに霊公が来て何を笑っているのか尋ねたため、子家が理由を話しました。

ごちそうを楽しみにしていたところ、霊公の悪ふざけによって子公だけ料理がありません。怒った子公はスッポンの鍋に指を入れると、それを舐めて出ていきました。子公の無礼に霊公が激怒し、子公を殺そうとします。

危険を察した子公は子家に謀反を相談しました。しかし子家は「老いた家畜が相手でも殺す時にはためらうものだ。相手が君主ならなおさらだ」と反対。すると子公は逆に霊公に対して子家を告げ口するぞと脅します。子家は恐れて子公に従い、2人で霊公を殺しました。

転じて欲しい気持ちになる

食欲を刺激されることを指す言葉から意味が広がって、現在では「欲しいという気になる」ということの意味で使われることが多くなりました。日本でこの意味で使われるようになったのは、意外に古いようです。

江戸時代中期の儒学者・荻生徂徠(おぎゅう・そらい)の著書『徂徠集(そらいしゅう)』には「台下能無食指不動邪」との記述があります。この箇所は「台下(敬称)には欲しいと思う心が動かないということがありましょうか(間違いなく心が動くはず)」といった内容です。

以上を踏まえて、使い方を例文で見ていきましょう。

「ランチで行ったブッフェレストランにはさまざまな種類の豪華な料理が並び、大いに食指を動かされた」

「旅先の浜松では名産品である餃子や鰻に特に食指が動いた」

「友人から共同経営の話を持ちかけられたが、共同経営はトラブルが起きやすく失敗するケースが多いと知っていたため、その話には全く食指が動かなかった」

「その骨董市ではアンティーク好きで目の肥えた友人には食指が動く品が見つからなかったようだ」

「出された料理は見た目からしても職人による極上の品ばかりだったが、昨夜飲み過ぎたせいで全く食指が動かなかった」

「触手」「食思」との違い

人差し指という意味の「食指」を別のものと取りちがえることは少ないかと思いますが、文章表現の中に「触手」「食思」とあると、思わず「この言い回しで正しかったかな?」と考えてしまうこともありそうです。

では、語感が似ていて紛らわしい「触手」「食思」について見ていきましょう。

「触手」を伸ばす

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「触手」とは「無脊椎動物の口の周囲にある小突起のこと。感覚細胞が多く分布し触覚や捕食の働きをする部分」を指しています。クラゲやイソギンチャク、クリオネなどをイメージすると分かりやすいのではないでしょうか。

この語を使って「触手を伸ばす」とすると比ゆ的な表現になり、「欲望を刺激されたものを得ようとして働きかける」ことを指します。じわじわと関心があるもの・標的に向かって伸びていくようなイメージから、あまり好ましい意味で使われることはないようです。

1948年に書かれた仏文学者・渡辺一夫の評論『文法学者も戦争を呪詛し得ることについて』の中では「我々全部の裡(うち)に不可避な触手を伸ばしています」と用いられています。「触手を伸ばす」が比ゆ的に使われ始めたのは、戦後のことなのかもしれません。

例文:

「その辺りは需要がある場所だからディベロッパーも触手を伸ばすだろう」

「資源豊かなこの地域に、彼らが触手を伸ばしてくるのも時間の問題だ」

\次のページで「「食思」は食気」を解説!/

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